①『花田清輝 砂のペルソナ』

  • 絓秀実『花田清輝 砂のペルソナ』講談社、一九八二年二月一〇日第一刷発行)
    装帳/辰巳四郎 「カバー・表紙・扉絵は、レオナルド=ダ=ヴィンチのデッサンと、花田清輝肖像(撮影・野上透)の合成による。」

第一章 鏡に映らない文字*1


第二章 ヴァラエティとしての「戦後」*2

  • 反省しえぬ「戦後」
  • 「外部」を生きる
  • 「市場」というノンセンス


第三章 ポリティークの成立と挫折*3


第四章 政治の死滅*4


第五章 沙漠の中のスカラベサクレ*5

  • 沙漠という境界
  • 擬態の転換
  • 書き手としての蟹
  • 水と穴の戯れ


第六章 『小説平家』を読む*6

  • 「大秘事」を読む
  • 平家物語』の作者を読む


あとがき


「あとがき」より。

 本書の第一章と第二章は、「現代評論」第一号(一九七八年、夏)、「現代批評」第二号(「現代評論」改題、七八年秋)にそれぞれ発表されたものに、大幅の加筆・訂正をほどこしたものである。また、第三章、第四章はそれぞれ「群像」八〇年七月号、九月号に発表したものに、多少の加筆・訂正をしたもの。第五章、第六章は「群像」八〇年十一月号に一まとまりで発表したものである(なお、第五、六章の下敷きになるものは、約半分の分量で、「現代批評」第三号・七九年春に発表した)。
 本書のベースになる原稿は約百枚の分量で一九七七年末に全く発表の目算のないまま書かれたものであるが*7、それがこのように一冊にまとまるまでには多くの人々のお世話になり、また有言無言のはげましを受けた。とりわけ、「現代批評」の編集発行人である畏友ねじめ正一、本書ができるまでの三年もの間伴走してくださった講談社文芸局の橋中雄二氏と野村忠男氏に感謝を捧げたい。


花田清輝 砂のペルソナ』書評

  • 磯田光一「現実還元への異議申し立て 多すぎる記号論へのもたれかかり」(「日本読書新聞」1982年3月15日号)
  • 小林広一「無方向な言葉の戯れ」(「群像」1982年4月号)
  • 野口武彦「用意周到な完全武装 生きたディレンマによってささえられた「批評的言説」」(「週刊読書人」1982年4月12日号)
  • 蓮實重彥「花田清輝はほとんど「作家」ではない。絓秀実の『花田清輝』に欠けているのは儀式としての出鱈目な爽快さである。」(「海」1982年7月号)

*1:「季刊現代評論」第一号(一九七八年六月)

*2:「季刊現代批評」第二号(一九七八年十一月)

*3:「群像」一九八〇年七月号、初出題「花田清輝のポリティーク」

*4:「群像」一九八〇年九月号、初出題「政治の死滅──花田清輝の戦後」

*5:「群像」一九八〇年十一月号、初出題「沙漠の中のスカラベサクレ──花田清輝の戯曲・小説」、原形は「喜劇と水の悲劇」(「季刊現代批評」第三号(一九七九年四月))

*6:「群像」一九八〇年十一月号、初出題「沙漠の中のスカラベサクレ──花田清輝の戯曲・小説」、原形は「喜劇と水の悲劇」(「季刊現代批評」第三号(一九七九年四月))

*7:1977年11月30日締切の第二十一回群像新人文学賞に菅亮介が応募した「花田清輝論」は第一次予選を通過するものの第二次予選で落選している。菅亮介という名義で応募したのは日本読書新聞を退社してからさほど間が空いていなかったからではないか。