『思想の英雄たち』が副題にあるように近代保守思想の源流となる人物に関する評伝集であるのに対して、『思想史の相貌』は必ずしも近代日本における保守的思考の源泉となる思想家を扱っているわけではなく、西部の保守思想によって近代日本の思想家たちを批定するものである。ゆえに否定的に捉えられている人物が多く、肯定的に論評されているのは福沢諭吉、夏目漱石、吉野作造、坂口安吾、小林秀雄、福田恆存のみである。
『思想史の相貌』は最後の一篇を除いて、『ザ・ビッグマン』に一年間連載されたものであるが、その原稿依頼をしたのは「あとがき」によれば東谷暁であるという。
『思想の英雄たち』は圧倒的な名著なので即刻文庫化すべきである。『思想史の相貌』は『ニヒリズムを超えて』所収の「明晰さの欠如―三島由紀夫」「清浄な魂―田中美知太郎論」「能動的ニヒリストの生涯―清水幾太郎論」「声なき声の人―岸信介論」などを含めて西部による近代日本知識人論集とし再度文庫化されるのが是非とも望ましい。
『思想史の相貌──近代日本の思想家たち』(平成三年六月二十日 第一刷、世界文化社)
序
Ⅰ
保守思想の源流 福沢諭吉
- 諭吉=個人主義の誤解
- 「人間交際の筋道」
- 言葉の二面性
- 『瘠我慢の説』の真意
精神の平衡感覚 夏目漱石
- 「平凡の非凡」
- 「生の憂慮」
- 悲観的楽観
Ⅱ
死者の民主主義 吉野作造
- なぜ「民本」主義か
- 主権概念の危険
- リーダーシップの重視
- 死者のデモクラシー
- 一輝の抽象癖
- 「神類」の地球
- 戦後憲法との一致
- 死への傾斜
- 全体主義との闘い
- 権力にたいする鈍感
- 人格主義の傲慢
- 強制の意味
風土論の陥穽 和辻哲郎
- 解釈学の不徹底
- 風土論の曖昧
- 「絶対」にたいする日和見
Ⅲ
国体主義の重厚と硬直 伊藤博文
- 儀式としての国家神道
- 無謬のフィクション
- 「不磨大典」の誤謬
戦後現実主義の限界 吉田茂
大衆イメージの動揺 吉本隆明
- 自己を破壊する人
- 解体と自立
- 大衆像の変成
- 自己を懐疑する
審美主義の鋭利と閉塞 小林秀雄
- 伝統とは何か
- 政治と文学
- 美意識への閉塞
Ⅴ
保守思想の神髄 福田恆存
- 肖像と風景
- 自己と他者
- 言葉と沈黙
- 平衡と折衷
- 存在と不在
- 不羈と風潮
- 高貴な精神
あとがき初出一覧
初出:序・書き下ろし/ⅠからⅣ・『ザ・ビッグマン』一九九〇年五月号から一九九一年四月号/Ⅴ・『諸君!』一九八五年四月号(『幻像の保守へ』所収を再録)
『思想の英雄たち──保守の源流をたずねて』(一九九六年四月二十五日 第一刷、文藝春秋)
西欧の自己懐疑と日本の自己放棄 序章
- 近代社会を疑いつづけてきた近代西欧
- 日本の文明は成熟しうるのか
- 保守思想の誕生
- 時間の効果
- 漸進の熱意
- 不平等の必要
大衆批判の原点 セーレン・キルケゴール
- 北方の孤独
- 『現代の批判』
- 無感動の時代
- 水平化の勝利
- 会話の衰弱
多数者への抗議 アレクシス・ド・トックヴィル
- 人民主権主義の危険
- 第一権力としての世論
- 宗教、法律そして風習
近代に突き刺さった棘 フリードリッヒ・ニーチェ
進歩への悲観 ヤーコブ・ブルクハルト
- ルネサンスとは何か
- 歴史とは何か
群衆への闘い ギュスターヴ・ル・ボン
- 専門人への反発
- イメージへの懐疑
- 指導者への嫌悪
- 正統と異端
- 庶民と大衆
- 平衡と妥協
文明という名の死 オズヴァルト・シュペングラー
文化的小児病への恐怖 ヨハン・ホイジンガ
- 文化的小児病
- ホモ・ルーデンス
- 聖俗遊
大衆への反逆 ホセ・オルテガ
- マスとエリート
- 生ける理性そして物語られる歴史
- 個人と国家
実存の渇望 カール・ヤスパース
- 大衆と技術
- 限界的状況と良心的決断
- 粉飾の言葉と反逆の言葉
個性の滅却 トーマス・エリオット
- 正統への亡命
- 個性への疑惑
- 宗教への悲願
- 保守への執着
保守の哲学的根拠 L・ヴィトゲンシュタイン
- 伝説化された脱伝説の思想家
- 日常言語に回帰していく科学言語
- 信念によって律せられる疑念
自生的秩序への途 フリードリッヒ・フォン・ハイエク
- 「隠れ」コンサヴァティヴ
- 「ある意味での」ホーリスト
- 「意図せざる」トランキライザー
会話に励む保守 マイケル・オークショット
- 合理主義に背を向けること
- 「市民」であること
- 保守であること
日本の高度大衆社会に出口はあるか 大衆としての専門人
- 人間―機能か人格か
- 人々―大衆か庶民か
- 知識―説明か解釈か
ネーションフッドの再発見 日本の知識人に待ちかまえるもの
- ヴィデオシー、ヴァーチャル・リアリティそしてオクロクラシー
- 離米、近亜、経欧そして帰日
- 言葉、伝統そして国柄
あとがき主要人名・項目索引
初出:『諸君!』一九九四年四月号〜一九九五年九月号