講談社文芸文庫版『五里霧』所載「年譜」(齋藤秀昭編)やCiNiiを参照しつつ、大西巨人が『新日本文学』に登場した掲載号および表題(脚注に単行本収録時の表題)を列記。なお1960年10月号から1970年10月号まで95回にわたり連載された「神聖喜劇」は除外。
「年譜」によれば、大西巨人の新日本文学会入会は1946年であり退会は1972年2月である。
1947年11月号
- わが文学的抱負 歴史の縮圖 總合者として
1950年11月号
- 渡邊慧と石川達三──永久平和革命と『風にそよぐ葦』──
1951年5月号
1952年6月号
- 大会の感想
1952年7月号
- 文學通信 林、河盛についての仁奈真の文章について*2
1952年10月号
1952年11月号
- 先頭部隊の責任*4
1952年12月号
- 意図とその實現との問題 『靜かなる山々』批判*5
1953年1月号
1953年4月号
- たたかいの犠牲*8
1953年6月号
1953年7月号
1953年11月号
- 三好十觔論*9
1953年12月号
- Book Review 中島健藏編「新しい文学教室」
1954年1月号
- 黃金傳說*10
1954年4月号
- 会本来の使命発展のために*11
1954年5月号
- 逭血は化して原上の草となるか 会本来の使命発展のために・二*12
1954年9月号
1954年12月号
- スミス法に問われた詩人ロウエンフェルスの無罪判決を/アルバート・マルツ〔翻訳〕
- 虛僞の主要点
1955年1月号
1955年2月号
1955年3月号
- 随筆 K少尉的なもの
1955年4月号
- 啄木について/ヴラスタ・ヒルスカ〔翻訳〕
1955年12月号
- 会創立十周年記念のつどい
1956年2月号
- 白つばめ/ヨルダン・ヨヴコフ〔翻訳〕
1956年5月号
- 栗栖氏譯フチーク出版問題 会本来の使命発展のために Ⅲ*14
1956年6月号
- 『眞空地帶』問題 会本来の使命発展のために・Ⅳ*15
1957年1月号
1957年2月号
1957年3月号
1957年7月号
- ハンゼン氏病問題 その歴史と現実、その文学との関係*16
1957年8月号
- ハンゼン氏病問題(承前)──その歴史と現実、その文学との関係*17
1958年7月号
1958年9月号
1958年10月号
1959年7月号
1959年8月号
1959年9月号
1959年10月号
- 経產婦か否かの触角による確認は常に可能であるか? その他*23
1959年11月号
1959年12月号
- 同性愛の問題・その他*25
1969年10月号
- 表現の論理性と律動性*26
1980年9月号
1988年4月号
- 精算および出直し
*1:運命の賭け
*2:林と河盛とにたいする不当な攻撃
*3:俗情との結託
*4:先頭部隊の責任
*5:意図とその実現との問題 『静かなる山々』前篇批判
*6:雉子も鳴かずば打たれまい
*7:末尾に「この道をはばむものは、燒きつくされるであらう。(O)」とある。推定根拠は二つ。第一は、大西巨人が『春秋の花』、「大西巨人短歌自註「秋冬の実」第一回」(『季刊メタポゾン』創刊号)、「『神聖喜劇』で問うたもの」(『致知』2011年10月号)で「「永遠の叛逆者」の前奏曲は奏ではじめられた。その道を阻むものは、焼きつくされるであらう。生命まで燃焼しつくして──何処へ行く。独り行く者の跡を追ふものは誰か。」という織田正信(坪内祐三の大叔父)の文章中の一節への愛好を述べていること。第二は、(O)が大西巨人のイニシャルであること。
*8:第三楽章 犠牲の座標
*9:「絶対的平和主義」の詐術 二
*10:第二楽章 伝説の黄昏
*11:青血は化して原上の草となるか
*12:青血は化して原上の草となるか
*13:なんじら人を審け。審かれんためなり
*14:栗栖訳フチーク出版問題
*15:再説 俗情との結託
*18:「独自のロマンティック・リアリズム」/公人にして仮構者の自覚
*19:内在批評と外在批評との統合 『森と湖のまつり』ならびにアイヌの問題
*20:批評の弾着距離
*21:批評家諸先生の隠微な劣等感
*23:経産婦か否かの触覚による確認は常に可能か
*25:同性愛および「批評文学」の問題
*26:論理性と律動性と
*27:全五巻刊行後三カ月の日に