棒に振った、はじき出された、見つめられた

 それ以前のことだが、私はこの作家に会える機会を棒に振っていた。新宿の文壇バー「風花」で不定期に行われていた、古井由吉さんの自作朗読会に氏がゲストで迎えられた時のことである。私がそこに行かなかったのは、作品論一つ書いていない批評家が、折りからの大西巨人礼賛ムードのようなものに、安易に同調すべきでないと自戒したからだ。
 私は大西氏とは面識はない。新宿の風花の朗読会で、満員の店内からはじき出されて、外から氏の朗読を聞いたのが唯一の思い出である。『神聖喜劇』の一節だったが、張りのある立派な声だと思ったことを覚えている。また氏の九州男児らしい面魂も「かっこいい」と思った。
 この二年後、二〇〇五年四月、めったに人前に出ることのない大西氏が新宿の文壇バー「風花」で自作を朗読した。〔…〕
 朗読会のスケジュールが決まって数日後、郷さんから電話がかかってきた。大西さんが坪内さんと会いたいというので、ぜひ朗読会に出席して下さい、と。
 もちろん私は出席した。
 朗読が終わって休息の時間に大西さんのもとに挨拶に行ったら、朝日新聞のY記者と読売新聞のU記者が大西さんの向いにピタリとついて言葉を連射し、離そうとしない。二人共他人は眼中にない。
 私は消極的な人間なのだが、この時だけは、大西さん、と声を張り上げ、坪内祐三です、と言葉を続けた。その時大西さんは、はっ、といった感じで私の顔を見つめてくれた。その眼が忘れられない。

     上記引用文中の朗読会は、「風花」(東京都新宿区新宿5-11-23)で2005年4月16日土曜日午後7時開演で催された、第15回朗読会「作家の自作朗読」であり、朗読者は大西巨人角田光代古井由吉の三氏であった。大西巨人は最後に登場して、「『神聖喜劇』の冒頭部分や、大前田軍曹が戦争について語る場面を読みあげた」*4。  坪内祐三「大西さんの眼」からの引用文中に出てくる「朝日新聞のY記者」は由里幸子、「読売新聞のU記者」は鵜飼哲夫であろう。由里幸子は『朝日新聞』2005年3月16日朝刊「大西巨人 「俗情との結託」を嫌悪、ひとり立つ」の記者であり、鵜飼哲夫は『読売新聞』2004年3月9日夕刊「大西巨人さん9年ぶり長編「深淵」 真実求める信念貫く」*5の記者である。

*1:文學界』2014年5月号

*2:http://franzjoseph.blog134.fc2.com/blog-entry-45.html

*3:『群像』2014年5月号

*4:朝日新聞』2005年4月20日夕刊「(こと場)大西巨人 作家」

*5:http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/news/20040309_01.htm