『週刊新潮』3月27日号「へそまがり世間論」第586回/「「醜態」元総理と「明治の総理」を比較する」
『週刊新潮』4月3日号「へそまがり世間論」第587回/「"先輩"が語る悠仁さま「お茶の水小」通学の"意味"」
慶応高校在学時代の教師について次のように記している。
ロクに出席をとらない先生や、芝居の話ばかりする漢文の先生などがいて──話自体はとても面白かったのですが──驚きましたね。
坪内祐三との対談(『SPA!』2008年7月1日号、『無礼講──酒気帯び時評55選』所収)には次の発言がある。
ワタクシが太宰で思い出すのは──高校1年のときの先生なんだけど、当時『シティロード』って情報誌があったじゃない? あれに演劇評をずっと書いていた先生がいて、いつも二日酔いで来て授業の準備を全然してないから、仕方なく『桜桃』を朗読して、それがすごく良かったね。伝説的に素晴らしい人だった。
「三一致と古典主義──三島由紀夫と三谷幸喜──①」(『en-taxi』第32号)には次の記述がある。
その頃現国の先生に長尾先生って方がいらして、二日酔いできちゃあ、授業しないで、太宰の短編朗読して帰っちゃう、っていう素敵な人でね。
この先生が、当時『シティ・ロード』で劇評書いてたの。
杉村春子をタシナメちゃったりして、恐ろしいんだよ。
つかさんとは仲良かったみたいだけど。つかさんも慶応だったから。
で、その長尾先生に、江連さんが面白いんですけど、と云ったら、笑ってもらった。
「芝居の話ばかりする漢文の先生」とは「二日酔いで来て」「『桜桃』を朗読して」「帰っちゃう」「長尾先生」のことなのであろう。長尾一雄は1932年生れ、慶応大学国文科卒業、慶応高校教諭・慶応大学講師で演劇評論家である。1998年逝去、享年67。